~第3回~

母への感謝と永遠の女ごころ

イメージイラストじつは昨年の秋、私は母をガンで亡くしました。最期は緩和ケアの施設でお世話になっていたのですが、亡くなる少し前、私は母から「髪を切ってほしい」と頼まれたのです。

美容の仕事をしている立場上、仕事場にはハサミや道具も揃っているのですが、あいにくその場には何も無く、お借りした花切りバサミで痛くないよう丁寧に、感謝の気持ちを込めてカットし、母も喜んでくれました。

女性はいくつになっても、いいえ、たとえ自分の死の瞬間が近づいていても、きれいでありたいと願うのだと改めて痛感させられました。

写真が気付かせてくれたこと

 先日、母と同居していた妹から母の遺品を見せてもらったとき、私が見たことのない古い写真が数枚出てきました。
その中には幼い頃の私も写っており、その写真を大切にして生きてくれていた母の存在が改めてありがたく、母の人生と同時に、私の人生までもが愛おしく感じられました。

私は母親の元を離れて過ごした期間が長かったこともあり、親や弟妹と一緒に撮った写真がとても少ないのです。

アメリカやヨーロッパの映画でもそうですが、アジアの映画やドラマを観ていても、よく家族で撮った写真が居間や寝室に飾られています。日本でも、もっともっと家族や親しい人たちと一緒に写真を撮り、大切にする習慣を残せたらいいのにと思います。

家庭の温度、家族の色

 鏡に映した自分の顔を見る機会は毎日あっても、写真の中の自分を見る機会は意外に少ないものです。しかし、家族などで撮った写真が暮らしの中にあると、それは間違いなく自分の人生を愛おしく感じるスイッチになります。

アメリカ映画や韓流ドラマのなかに見るステキな家族写真は、たいがいお母さんが真ん中に写っていることにお気付きでしょうか。私は「父は言葉を遺し、母は温度を遺す」のではないかと考えます。母親の存在はその家庭の温度をつくり、その家族の色をつくるのです。
  そういう意味でも、その場その時の空気や温度が感じられるステキな写真を撮っておけば、後にはそれが大切な宝物になるはずです。

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