命の授業をしています

小学校で私はこう言います。君たち、命も時間も見えないでしょ。7時に起きてご飯を食べた、12時に給食を食べたとか、 それは、君たちが健康に成長するために、自分のために使っている時間だね、と。
自分のために運動し、自分のために遊ぶのは良いけれど、大きくなったら自分が使える命の時間を誰かのために使うことを 考えて欲しいと小学生に対して言っています。

日本には閻魔(えんま)様の話がありますね。死ぬときに閻魔様がきて秤を差し出され、片方には自分のために使った時間、 反対の方には人のために使った時間との重さが計られます。そうするとほとんど自分のために使った方に傾く人が多いでしょう。 これが30度以上傾けば、極楽にはいけませんよと。私の使える時間を、誰のためにどう使うかということが、私の命を使うと いうことになるのです。

命と時間。見えない時間を、誰のためにどう使うか、大きくなったら考えなくてはなりません。
『十歳のきみへ』という本に、命のことや時間のことを書いたら、ある10歳の女の子が「先生の本を読んでとても感動しました。 寿命という大きな空間の中に、私の瞬間・瞬間をどう入れるのかが私の大切な仕事ですが、難しい仕事ですね」。と言うんです。 もう大学の卒論以上ですよ(笑)。

たかの友梨さん

慶応義塾大学の経済や工学・医学に進学するための教養課程で、生命倫理の講義をしに行った時に、その10歳の女の子の手紙を 読んだんです。名門の中学・高校・大学、それがゴールで、ひたすら塾に行って受験術を覚え、君たちは名門に入りました。 君たち今まで命のことを考えたことがあるの?と、その子供の手紙を読みました。感想を書いてくれた2人の学生は、「あの手紙を 読んで僕は涙が出ました。これまで、命のことなど考えず受験と名門校に入ることしか考えなかったけれど、10歳の子があのように 書いているのを聞いて、ハッとし本当に涙が出ました」と言うんです。
自分の目先の事だけしか考えない。この与えられた命を誰の為にどう使うかということを考えたことがない人が多いのですね。

患者さんに学ぶ

お医者さんの奥さんで看護学校を出た患者さんがいました。がんが進行した重病で息が段々少なくなってきたとき、 私はその自宅に往診して、子供に「お母さんの息が一分間に20回以上だったのが、10以下になったら息が止まって心臓が止まって 死が来るんだ。坊や、数えてごらん」と言いました。
息が10以下になったときに9歳の子供が、耳の近くで「お母さん9年間ありがとう」って言うんです。そしたら、7歳の子供も 「ママ、7年間ありがとう」って言うんですね。そのお母さんは、自分が亡くなってから子供が15歳になるまで毎年の誕生日に 「ママのメッセージ」ということで、7歳から15歳になるまで読んでもらう手紙を入院療養中に一週間で全部書きました。 それをご主人に渡して誕生日に、この子たちに読んで欲しいと。そうして、子供と訣れました。そういうお母さんがおられたのです。 だから、お母さんが亡くなってもお母さんの言葉がそこに残っていました。お母さんがいよいよ最後のとき、子供に「外で遊んで いらっしゃい」って言わないで、お母さんの呼吸を数えるのです。呼吸を数えることによって死が近いことを子供に教えます。 こういうことも必要だと思います。
家族全体でお母さんの死を送る。これが大切です。そのように私自身、患者に学ぶことが多いです。

人間はいつかは死ななくてはなりません。私たちは死の種を持っています。果物が熟して実が地上に落ち、 その種から芽が出ます。
肉体は必ずいつかは死にます。でも、その種から新しい命が生じるのです。死んで火葬すれば無くなるのではなく、 その人の「心の種」が成長するように、友達や家族や子供たちの間にだんだん芽を出してくるんだと皆に説明をしてきました

人間は皆、遺伝子をもって、先天性の病気になる人もあれば、体質があって様々な疾患になる人もいます。 遺伝子によって出てくる病気に対してどのようにケアをすれば良いかを医学は追及しなくてはなりません。
2万2千の遺伝子を誰が作ったのでしょう? とても人間業ではありません。私たちは大きな宇宙の力で、与えられたものを 受けて、その意味を解析することが、我々の仕事だと思っています。


Profile
日野原 重明(ひのはら しげあき)

1911年山口県生まれ。
37年京都帝国大学医学部卒業。
41年聖路加国際病院内科医となる。
以来、内科医長、院長代理、院長を経て、現在は、聖路加国際病院・聖路加看護学園・聖ルカ・ライフサイエンス研究所 理事長。 聖路加看護大学 名誉学長。早くから予防医学の重要性を指摘し、終末期医療の普及、医学・看護教育に尽力。
成人病とよばれていた病気について「生活習慣病」という言葉を生み出した。著書として、『生きかた上手』ユーリーグ刊3冊セット・ 『いのちの授業』 ユーリーグ刊・『十歳のきみへー九十五歳のわたしから』 冨山房インターナショナル刊・『いま伝えたい大切なこと ーいのち・時・平和』日本放送出版協会刊など多数。


 

この人に聞きたい バックナンバー